so long, scarecrow
まだ1月?って思います。冬が嫌いなのもあって、時間がとても長いです。
小学校の頃、授業中にトイレにいきたくなると、1分おきに時計を凝視していました。「まだ1分しか経っていないのか!」体感としては、1分が10分あるいはそれ以上に感じる極限の世界です。逆に言えば、快楽は時間を早送りする裏技ですね。
その意味で、時間の長短の正体は、明白です。
未だに、小学校の頃、教室の時計を見ながら、また腹痛の痛みとトイレに行きたい気持ちも極限状態で、無限にも感じるあと5分、苦しすぎて「5分後の自分なんて本当に存在するのだろうか?この5分を吹き飛ばせたなら!」と思った瞬間を思い出せます、その時から、今にタイムスリップしたと言われても、不思議ではありません。
感覚としての時間と、外部で存在している時間、そのふたつは違う軸である、と相対時間と絶対時間、みたいなふたつの時間。カントがそんな言い方をしていたと思う。アタリマエといえばアタリマエのことである。全集のほんのひと断片みたいなところで見た気がするんで、もうどこにどう書いてあったことかも覚えていない。
それよりもさらに昔の、アウグスティヌスの時間論は、過去・現在・未来を相対的に捉えている。現在を実在とし、過去・未来は空想の世界に近い印象すら受ける。
現代物理学、いわゆる超弦理論的なものから、ループ量子重力理論へと流行?みたいなものがうつっていく過程で、カルロ・ロヴェッリの「時間が存在しない」みたいに、そもそもで時間軸というものがあるのかどうか?に至っている。
マクロの物理法則がミクロで通用しないように、時間軸もまた、巨視の極限と微細の極限、そして私たちの時間遺伝子が感じて認識することで「時間が流れている」と感じるその個人の時間感覚である「現在」、これらは同じ「法則」が通用しません。
実際のところ、時間は時間遺伝子が決めてもいますし、天体軌道が決めてもいます。時間遺伝子は、「私が感じる時間」で、天体軌道の時間は、「外側で流れている時間」です。それぞれで別のリズムを作成しています。リズムはすなわち時間です。「同じパターンの繰り返し」がないと人は時間を認識できません。時間遺伝子と、天体がリズムの作成を可能にします。それすなわち、現代の知識においては、このふたつが時間の正体でもあります。
天体軌道が、地球の自転でも、他の惑星の公転でもいいですが、もし知らない間にそれは微量だとしても「早まっていた」としたら、外側の時間は、加速することになります。昔の物理学・SF的な常識だと、そんなことが起きれば、引力のバランスが崩れ、どうしようもない天変地異だ、となりますが、(まあ、実際に気候変動とか磁場とか、極々微小な影響で異常がおきているとは思いますが)、現代のレベルの科学的世界観においては、もう不可能ではないようなことかもしれません。
時間遺伝子のほうが早まるのは、常識的に考えれば、年齢の積み重ねで当然おきます。同じパターンの繰り返しの積み重ねで、ある事象に対して、最初は深く印象付けられていたことも、無感覚で処理されることになっていきます。機械的処理が増えていくと、事象の印象は減っていくのは当然です。注目すべきものがなくなっていくと、意識を使わなくなります。
1月は自分のなかで一番重い月です。でもそれが過ぎ去ってくれたことに喜びを覚え、早く残りの冬が終わることを願うばかりです。「同じ冬」はもう二度ときません。
ちなみにもうすぐほんの近場ですが引っ越しするので、来年の1月はもう違う環境です。その意味でも今月と同じストレスを受ける「1月」はもう一生こないことになると思います。時間の流れが遅いと話して、もう来年はバカにされるようなこともないでしょう。そのような1月が終わってくれたことに、強い喜びをおぼえます。ようやく、占星術でいう太陽期が終わりました。
天体年齢域の星座ってのも重要かな。同じ太陽期でも、すべての人で太陽のアスペクトが違うのももちろん、蟹座の人の太陽期と、山羊座の人の太陽期の印象が違うのは当然です。
私の場合は、0歳から25歳くらいまで(月、水星、金星)は、天秤座!水瓶座!って感じでしたが(風属性多いね)、太陽期に山羊座、そして太陽期が終わった今、残りの星(火星、土星、それ以降の星)は射手座!牡羊座!って感じです(火属性多いね)。
85歳以降また山羊座ではありますが。太陽に比べると、アスペクトが悪くありませんのでまあ。太陽期を終えて、ようやく人並みに生きれそうです。
なんかの本に、太陽が山羊座の人は、太陽期以降にようやく…みたいなこと書いてあったけど、天体年齢期の星座が土星で重苦しいからってことかね。その時期の感じという意味では、年齢期の星座を注目するのも、大事かもしれませんね。
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